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オレンジ色通信

ふつーの50代主婦の今日のツボ

 

住職の捨て台詞

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11/3(日)

父の四十九日を最後に、今後一切の法要をなしにして、百か日が過ぎたら父を永代供養に預けるという事を住職さんに言ったら避難されて・・・・と前の日記で書いたけど、ちょっと笑えることがあったw
法要が終わって、住職さんがお帰りになられるので、ドア口まで挨拶に行ったのよね。
そしたら、住職が、
「あー、、、娘さん、僕の携帯番号って登録してますか?」と聞いてきた。
父のお通夜から何かと連絡とることが多かったので携帯番号を聞いてはいたけど、登録まではしてなかった。
けど、 「いーえ、してません。」って答えるのもなんか失礼な気がして、
「はい、しましたけど・・・。」 と嘘をついた。
すると、住職がこんな事を言ってきた!!!!! 

bouzu.png

はぁーーーーーー!!??
なんなん!? その捨て台詞!
そりゃね、今まで祖父が亡くなってからというもの、ずっと、そのあとの叔母の時も、祖母の時もずっとお世話にはなってきたよ。
実家では、両親が月命日までもいまだにお参りにきてもらってたみたいやから、すごく収益があっただろう。
檀家とまではいかないにしても、すごく懇意にしてたのは確か。
それが、この娘ときたら、今度一切の縁を切るような申し立てをしてきやがって!! 
というところだろうけど、あたしはもう実家から嫁に出た身。ましてや一人娘で、後が継げない。
そのことを生前、父とは何回も話して一番いい方法を父と決めたんだっつのよ。
それを他人にとやかく言われる筋合いはない。
しかも、、、携帯番号を消せ。おまえのも消しとくから!! みたいなこと、
今まで言われた事ないってばよぉーーーーー! 
なんか、あたし、、、、、 振られたみたいになってるじゃんねー!  (笑)

b-punpun.gif 理恵 2019.11.3

ちっせーな
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父 四十九日法要

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11/3(日)

早いもので父の四十九日法要の日がきた。
お葬式をあげたセレモニーホールを借りて行った。
来てもらうのも、父の妹である叔母と、その娘のあたしのいとこ。
そしてあたし達家族4人と母の7人だけ。
あたしが実家を出て嫁に行って跡を継げないので、この法要を最後に、百か日が過ぎたら父を永代供養に預けようと思っている。
あたしの祖父の代から縁のある住職さんが今日も来てくれて、お経をあげてくださるのはありがたいが、
父を永代供養に出すことをやんわり非難されるのはちょっと・・・・なぁ。
まー、そりゃお寺さんにしてみれば、この先もずっと法事をする度に、こうしてお経をあげに来るだけで、
商売になるし、それがお寺の営みのひとつ。
だから、ご住職さんの気持ちもわかるけど、実際、あたしはもう実家を継げない以上、ちゃんとここで整理しないと、ショウゴやうーたに迷惑がかかってしまう。
ご住職さんは、 「今はなんでも、墓じまいや永代供養やとおっしゃいますけど??」 って愚痴っぽく言うけれど、
あたしは、別に墓じまいや永代供養が、何も不義理だとは思わない。
色んなスタイルのある中で、自分が一番、楽な方法で、亡くなった方を思い出してあげればいいと思う。
こうやって家族で父の思い出とともに過ごす時間が持てればそれがあたしなりの供養だと思っている。

Img_1984mannti.jpg

父が予想外にあまりにも急に逝ってしまったものやから、
「またいつかね~。」 なんて言って、約束を先延ばしにして叶えてあげられなかった事があって。
後悔先に立たずとはまさに・・・。
父は、亡くなるちょっと前に、あたし達家族と食事に行くことをとても楽しみにしていた。
自分の入院で色々面倒かけたと言って、そのお詫びにと。
うちの息子たちの事を思って、「ステーキでもええぞ!焼肉でも!!」とか言ってたけど、その歯でどうやって肉を噛むの?(笑)
って、、、、父のお気に入りの四川料理の店に決定してた。
父と最後に会った日も、
「いつにする? それだけを楽しみにしとるんや~。」 と言っていたのに、
「ショウゴが新しい赴任先が決まって落ち着いたらな!!」と、先延ばしにしてしまった。
結局、その後すぐに父は逝ってしまった。

今晩、家族4人でそのお店に父の写真と一緒に食事に行ってきた。(遺影に使った写真なので、まだ生きてる母も写っているが
まずは、父の大好物だった、小エビの天麩羅から。
「おじいちゃんのおごりやで!たらふく食べや~~!」って言いながら、お腹いっぱい食べた。
しめは、ショウゴの大好物で、いつも父がお土産にしてくれた ごま団子。

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お父さん、ごちそうさま。 おごってくれてありがとう! きっと一緒に食べてたよね。

senior01_z_12.png 理恵 2019.11.3
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眼鏡供養

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10/18(金)

父の遺品はほとんど処分したが、焼却場に持って行くのもちょっとなぁ・・・・と思って、父の祭壇に置いてあるものが、
読みかけの単行本、腕時計、父にプレゼントしたダンヒルの長財布、そして眼鏡。
そのまま持ってたらええやん!とも言ってくれる人もいるけれど、あたし、どうしても物で残しておくことが嫌いで。
けれど、心の中で「お父さん。」って思い出すことがあたしなりの供養というか、大切に思う瞬間というか。
薄情なのかもしれないなぁ・・・そういう点では。

奈良の南法華寺(壷阪寺)の三重塔前で、古くなったメガネやコンタクトレンズに感謝し、供養する法要が行われるとのことで参加することにした。
これで父の眼鏡の供養が出来て、手放すことができる。

まずは住職の法話。そのあと、無料の粗飯。
栗のいっぱい入ったバラ寿司。 粗飯といえど十分お腹いっぱいに。

Img_1915.jpg

本堂で父の愛用の眼鏡を供養してもらった。
本当は棺に入れてあげたかったのに、バタバタしててスペアの眼鏡の方を入れてしまって、
「これとちゃうがな~!!!」ってきっと文句言ってるはず(笑)
供養してもらった眼鏡は好きな本を読むのに日々使っていたんだろう、、父の指紋がガラスにくっきりと付いていた。

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父の遺品はひとつひとつ手元から無くなっていくけれど、本が好きだった父の姿はちゃんと覚えておくからね。

senior01_z_12.png 理恵 2019.10.18
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仲良し4人組 (後)

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-つづき

次の日の朝、ホームに電話をしてみた。
ホーム長さんに、
「きのう、、やっぱり母は行かなかったんですよね?」 と。
すると、 「い~え~! 行かはりましたよ~。」と弾んだ声。

えぇぇえええええええ!!!!!???

「11時くらいに、お友達の方から、もうすぐタクシーでそちらに着くので玄関で待っててくださいと電話があって・・・
来られたら、お母さん、お友達のお一人と、抱き合ってらっしゃいましたよ!!」
「そこから、ごはんに行かれたのかな~~。 また2時くらいにタクシーで戻って来られて、お母さんのお部屋で長い事、おしゃべりされてましたよ!!」

なんや! あれだけ、行かへんとか言うてたくせに!!もーほんまに・・・
胸がいっぱいになった。 やばい、、、泣きそう。

「ちょっと待って。お母さんに代わるね!」とホーム長さんが母を電話に出してくれた。
「お母さん、きのうお友達と会ーたんやて? よかったなぁ~。楽しかった?」と聞くと、
「うんうん。すごく楽しかった~。 やっぱり高校時代の友達はええな! すぐその時に戻るわ。長い事、会ってなくてもすぐにや。
また2か月くらいしたら会おうって言うてるねん! 
友情の長続きの秘訣はな~頻繁に会う機会を持つことやな!! 」

だって~・・・・(笑)

よかったなー。お母さん。

ホームで自分のお金を持っていない母に渡してほしいと、3000円をホーム長さんに託けといたけど、
財布を用意するのを忘れたいたけど、ホーム長さんが、可愛いきんちゃく袋があったから、、、と、それを母に持たせてくれたらしい。
ありがたいな・・・。
コロコロ気分が変わってしまう母の病気に根気よく付き合って、実現させてくださった仲良し4人組のお友達のみなさん。
本当にありがとうございました。

電話を切ったら、またポロポロ涙が出た。

free-illustration-friends-schoolgirls-irasutoya-224x154.jpg 理恵 2019.10.17

父もこんな機会をくれてありがと。

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仲良し4人組 (前)

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10/17(木)

うれしい事があった

父の告別式の夜、母はホームから高校時代の女友達に電話をかけた。
「主人が亡くなったのよ。」と。
報告しないといけないと思ったのか、寂しくなったのかわからないけれど。

母には高校時代からずっと交友を続けている女友達がいる。 母いわく、「仲良し4人組」
母がまだ認知症を患う前は、同窓会にもいつも出席していたし、その仲良し4人組でもよく集まっていた。
母が胃癌で手術した時もお見舞いに3人で来てくださった。
母が認知症を発症したのがおそらく一昨年で、ホームに入所したのが今年の2月。
仲良し4人組の集まりは4年前から途絶えていたらしい。

母がグループホームに入所した時に、
「お友達に会いに来てもらおうか?」 って母に聞いたけど、
「こんなところにいるの、、知られたくない!」と言っていたので、あたしも母の気持ちを尊重してお友達には知らせなかった。
お友達の一人のHさんは、何回か実家に電話をかけてくれたらしいが、母が認知症でホームに入所したことを受け止められなかった父は、
「ちょっと体調を崩して入院しています。」 とか
「今は娘の家に行っていてしばらく帰りません。」とか嘘ばかりついていた。
そんな事で、その集まりが4年途絶えていたのはおそらく母のせい・・・。

父の告別式の夜に母はHさんに電話をし、自分が老人ホームにいることを告げた。
これは大きな母の心境の変化。 ホームが母の居場所になっている証拠。
Hさんはおそらくびっくりされたことでしょう・・・・。

次の日、Hさんからあたしに電話があった。 
「きのう、お母さんから突然に電話があって、、、老人ホームにいらっしゃるのはどうして?」と。
母は自分が認知症であるとは思っていないけれど、同じ話を繰り返しするのでHさんも感じてはいたはず。
あたしは今までのいきさつをすべて話した。
Hさんは、「これですべてつながった。わかりました。」と言い、母とまた4人で集まろうという話になったので、どうしたらいい?と聞かれた。

母の現状、注意点。Hさんと打ち合わせをして計画をたてた。
母の認知症を気遣って、お代金はすべてこちらで用意します。と言ってくださるが、
母もプライドはまだあるし、今まで通り、お友達のままでいてやってほしいとお願いをした。
お金を母に持たすので、ちゃんと母に支払いをさせてやってほしいと。
Hさんはあたしの気持ちもすべて受け止めてくださった。

でも母は、今日までの3週間あまり、その日の気分で、「行くわ。」と言ったり、「やめとく。」と言ったりを繰り返し、そのたびにHさんはあたしに
「お母さんの本心を聞いてほしいんだけど。」と電話をかけてきた。
元気な頃の母がそんな無責任な事を言ったら、めっちゃ怒っただろうけど、なんせ母は認知症・・・
自分が告別式の夜に電話をかけた事も、自分が集まりたいと言った言い出しっぺであることも覚えているはずがない。
その日の気分で思った事を口にする。そういう病気なんだ。
それでも、どうしても実現させてあげたい。

そして当日の朝、母からあたしに電話があった。
「気乗りせーへんからやめとくわ。 おなかの調子も悪いし。 お天気も悪いし。」と。
えーーーー!! ここにきてやっぱりドタキャンかよ~~
すごく残念やったけど、母を責めることは出来ないので、 そっか~。タクシーで迎えに来てくれはるから大丈夫やで。
って言ってみたけど、「いやや。もう、Hさんにもメールで断ったわ。」 と言う。
仕方ない。 落胆した気持ちで1日を過ごし、お友達3人さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

- 長くなったのでつづく
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プロフィール

理恵さん

Author:理恵さん
理恵さん(53歳♀)                              夫テツ(同い年♂)                                 ショウゴ (23歳♂)
うーた(大3♂)

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